岡山県倉敷市児島の染物屋ジーンズ・デニム・バックなどオリジナルカラーを作り上げます!

ファッション

グラフゼロ -graphzero-

ジーンズの町、岡山県倉敷市児島

2004年国産ジーンズ発祥の地でビンテージの町、児島に誕生したgraphzero
(グラフゼロ)。 
生地、縫製、加工、染色の分野において、世界に誇る技術があるこの町で作品を生み
出す 為に、プロフェッショナルが団結し創り出された集団である。
今日、情報技術が発達していくなか、この日本の洗練された技術を世界に発信する
空間 であり、クリエイター=パイオニア(新しい物事を始める、追い続ける)という
精神の下、 日々探究している。

graphzero(グラフゼロ)
倉敷・児島発「男前デニムブランド」
メディア掲載一覧

【朝日新聞夕刊・関東版 2006年11月7日号】
「Let's仕事のかたち―ぷろふぇっしょなるず」という特集記事です。「おれ自身が『格好いい』と思うジーンズを自分でつくり たい」という思い から始まった、グラフゼロ設立の経緯と現在について書かれています。代表の鈴木徹也さん、かなりカワイイ感じに写真に写ってます(笑)

この記事の時点では、メンバーのそれぞれが自分たちの仕事で稼ぎ、グラフゼロからは収入を得ていません。その収益は将来の自前ショップ立ち上げ、ものづく りの研究などの資金に当てられています。グラフゼロのメンバーで染色担当の浦上博之さんの「今までにない発想で染めに挑戦、研究できる貴重な場。『お金 じゃない』と信じているからこそ、頑張れるんだと思う」という言葉も印象的です。

この記事には「若者から支持」とありますが、当店では若い方はもちろん、40代の方でグラフゼロのファンもいらっしゃいます。リアルイベントでも、年配の 方にもよくお買い上げいただきます。これからもいいものをお願いします!
【『Men's Brand』2006年9月号 特集「世界に誇る日本の匠!!」】
大リーガーのイチロー選手や松井秀喜選手のバットを手がける職人さんたちと並んで、グラフゼロ代表・鈴木徹也さんのインタ ビュー、グラフゼロのデ ニムやTシャツの染色を手がける職人・浦上染料店の浦上俊二さん(グラフゼロのメンバー・浦上博之さんのお父さん)の写真が、見開き2ページで掲載されて います。

グラフゼロ代表・鈴木徹也さんと浦上さんが、染色について話している場に同席させていただいたこともあるのですが、鈴木さんのレベルの高い希望に対して、 染色職人の浦上さんは「それはできない」とは決して言わず、なんとか実現しようとされます。その職人魂と同時に、深い信頼関係も感じられました。

グラフゼロの柿渋染めアイテムは、この写真のように、倉敷・児島の山中で行われています。「柿渋に漬けて天日干し」という根気のいる作業を3回程度(場合 によってはそれ以上)繰り返しているため、レザーの風合いに近い深みのある発色に。京都の染色職人さんにグラフゼロの柿渋染めアイテムを見せると、「すご いいい色、出してんなぁ〜!」と驚いていました。
【毎日新聞朝刊・全国版 2006年8月28日号】
国産ジーンズの聖地・倉敷市児島地区についての特集記事です。児島のジーンズ業界の現状とその歴史がうまくまとめられています。 キャピタルなどの有名ブランドに並び、「若手の挑戦も許容」というところでグラフゼロが紹介されています。

この記事によると、2004年の倉敷市の繊維関連興業出荷額は985億円で、大阪市の891億円を抜いて1位になったそうです。
【日経MJ(日経流通新聞) 2005年10月14日号】
さまざまな業界でユニークなことや先進的なことをしている人びとの特集記事「風をよむ」という特集記事です。日経MJは、流通や ものづくり、サー ビスなどに関して、メジャーなことからマニアックなことまで、結構幅広く取り上げる新聞。クリエーターの方たちの記事もよく掲載され、個人的に好きな新聞 の1つです。

この記事は、うちがグラフゼロを知るきっかけとなった、思い出深い記事です。この記事を読み、「すごくおもしろいことをしているグループだな〜」と感じ、 2006年2月に「クラフトカフェ楽天市場店」を立ち上げてすぐに電話をかけ、その数日後には児島に行きました。そして、グラフゼロの実物を初めて見させ てもらい、話も長い時間させていただき、グラフゼロを扱わせていただくことになりました。代表の鈴木さんには、おいしい肉うどんのお店でごちそうになりま した。